「わかりやすさ」の落とし穴
私は作詞家の立場で自分以外の人が歌う曲の歌詞を作る時と自分のバンドで自分もしくはメンバーが歌う歌詞を作る時の作法を明らかに変えています。
作詞家として作る場合はとにかく「わかりやすさ」を重視して作ります。何故なら自分が歌う訳ではないからです。まずその歌う方が理解できないととても聞いてる人に伝えることなどできないと思うからです。
でも自分が歌う場合はこの「わかりやすさ」はほとんど重視してません。何故なら「わかりやすさ」を気にしすぎると本当に言いたいことがぼやけてしまい上手く伝わらないからです。
今回はこの「わかりやすさ」という言葉が持つ力と落とし穴について考えてみたいと思います。
知らないものをいかに知っているものに置き換えるか?
例えばあなたが誰もが知っている有名なグルメ評論家であれば、あなたが美味しい!と言う物を無条件で受け入れて食べたいと思う人が一杯いるでしょう。
例えばあなたが有名なモデルさんであれば、これはオススメというコスメを無条件で購入する人が一杯いるでしょう。
でもあなたは有名な評論家でもなければモデルさんでもありません。自分が販売しているこの食べ物の美味しさをどうやって多くの人に伝えればいいのでしょう?自分が扱っているコスメの良さをどうやって多くの人に伝えればいいのでしょう?
一番手っ取り早いのはあなたが扱っている商品を誰もが知っている何かに例えることです。
「もぎたてのオレンジのようなみずみずしさ!」
「赤ちゃんのようなプルプルのお肌に!」
などなど、あまり上手い例えではありませんが、こんな感じで聞いた人がどんな味か、それを使うとどんな感じになるかを想像できるようなものに例えてあげる必要があります。
前回「「知っている」ということの重要性」でも触れましたが、いまはとにかく「知っている」もしくは「わかっている」もの以外にはなかなか手を出しにくい世の中になっちゃってんですよね。
なのでこれぐらいはわかるだろってことでもちゃんと噛み砕いた説明をしてあげないとなかなか伝わらないみたいです。
もうかなり前からですが、テレビのバラエティ番組で出演者の方が話している言葉が画面の下にテロップで出ますよね。「ほらここが笑いどころだよ」って感じで。ああいうのに慣らされちゃってるってのもあるのかもしれませんね。
「数字」はわかりやすいけど伝わらない
上述した様に「わかりやすさ」というのは相手に何かを伝える上でとても大切で特に広告においては必要不可欠なものですよね。そしてさらに「わかりやすく」しようとして数字を使うことがあります。でもちょっと待ってください。これが実は諸刃の剣なのです。
よくニュースなどで「広さ」を伝えるのに東京ドームが使われます。「この公園は東京ドーム3個分の広さです」とかみたいな感じでね。
野球場が3個分だから確かに大きいなぁというのはわかります。でもなんかぼんやりとなんですよね。野球場3個って明確なんですけど、実は聞き手にはぼんやりとしか伝わってないんです。大きすぎて実感がわかないんですよね。
つまり「わかりやすく」伝えようとしてより具体的な数字を出すことで「わかりやすく」はなったのですがちゃんと伝わっているかというとなんか曖昧にしか伝わらないのです。
これは何故かというとそこに「感情」や「想い」が入っていないからです。数字を入れ客観的に伝えることで「わかりやすく」はなるのですが、心に引っかからないし残らないのです。
もちろんニュースは客観的に伝えることが重要なので、そこに思いや感情は必要ないんですけどね。さてでは広告としてはどうでしょう?
「累計100万本の販売実績!」
「10万人の方にご愛用頂いております!」
皆さんもこんな広告文をよく見ると思います。さてどうでしょう?こういった広告文って心に残りますか?何か引っかかるものありますか?
100万本も売れてるってことは良いものなんだろうなってことはわかります。でも自分にとってどうなのかはわかんないし、そもそも100万本なんて言われても実感わかないよ。と私なら思います(ちょっと天邪鬼なだけかもしれませんけど)。
もちろん広告文は基本的には文字数が限られていてその中で読んだ方にインパクトを与え注目してもらわなくてはいけませんので、こういった数字を出すことは別に間違っているわけでもないですし、当然といえば当然です。
でもどこもかしこもこんな広告ばかりではもう慣れきってしまって誰もインパクトを感じなくなっているという側面もあります。
私達は”数字”不感症
この曲の2番の歌詞にこんなフレーズがあります。
俺たちはニュース不感症さ
近いテレビの中の
亡骸を遠い出来事だと見つめてる
あまり良い例えではありませんが、2011年3月に起きた東日本大震災によってたくさんの尊い命が失われました。例えばその年の7月23日付の読売新聞には
死者 1万5,605人
行方不明 4,937人
と記載されています。これが毎朝です。ちょっとずつ死者の方の数は増えていきますが、正直、1万人であっても2万人であっても既にピンとはこなくなっています。でも実は1万5,605人分のそれぞれの人生があるのです。こんな記事を見るとかなり深く胸を抉られた気分になります。
写真の「パパ」抱きしめて 福島・南相馬で慰霊祭-朝日新聞デジタル
これは別に特別な記事ではありません。翌日は結婚式という方もいらっしゃったでしょう。もうすぐ初孫が生まれるという方もいらっしゃったでしょう。4月から小学生でおじいちゃんに買ってもらったランドセルを今から毎日背負って入学を楽しみにしていた方もいらっしゃったでしょう。しかし数字だけを見ているとそんな当たり前のことにさえ気づかなくなってしまうのです。
これも上述した様に新聞も広告と同じく紙面の領域以上のことを伝えることはできませんので、1万5,605人分のそれぞれの人生、その全てを記事にすることはできないのは当然ですし、この数字は今回の震災の被害を客観的に伝えるというのが主たる目的でしょう。
ただ単純に数字で示されると(しかも毎日)確かに大変な災害だったんだなというのはわかりますが実感はわきません。どんどんと現実感が失われていき、結果、冒頭の歌詞の様に不感症になってしまっているのです。
SNSで伝えなくてはいけないのは「想い」
私たちは既に数字にインパクトを感じなくなってしまっています。文字数が限られている広告などは100歩譲って仕方ないにしてもSNS上でこれと同じことをしてしまってはいないでしょうか?ブログでも同じ様に数字だけを羅列してしまってはいないでしょうか?
SNSは基本的には宣伝をする場所ではありません。多くの方とコミュニケーションをとる場所です。そんな場所で広告でさえ注目されづらくなっている数字の羅列をしたところで友達、知り合い、仲間に想いが伝わるのでしょうか?
みんなが知りたいのは何人の人が買いましたという情報ではなく、たった一人でもいい、買った人の本当の想いです。あなたの関わるモノ、サービスを利用した、たった一人の笑顔の方が1,000人が買いましたという情報よりもずっと心に残るし伝わります。
冒頭の歌詞の例ではありませんが、「わかりやすさ」を気にしすぎると本当に言いたかったこと、伝えたかったことを上手く伝えることができなくなります。何故なら「わかりやすい」言葉はあなたの本当の心からの想いではないからです。
ソーシャルサービス上ではキャッチコピーを語るのではなく感情、想いを伝えましょう!
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